MindPutNoteは、頭の中にあるものを、 出して、動かして、問いにして、 行動へ変えるアート思考のノートアプリ。
何もできないわけじゃない。
むしろ、ちゃんとできる。
企画できる。
書ける。
つくれる。
調べられる。
AIだって使える。
それなりに完成するし、 他人から見れば問題もない。
でも、自分では知っている。
根っこにあるのは、 たぶんこれです。
自分の中には、まだ使えていない
「おもしろい!」
がある。
それを出し切れていないのが、
もったいない。
面白くしたくなると、 私たちは正解を選び始めます。
課題はこれまでどおり。
解法を、アート思考に。
頭の中では、 言葉はすぐに検閲されます。
役に立つ?
正しい?
人に説明できる?
くだらなくない?
そうやって整えているうちに、 最初にいた変なものが消えていく。
だから、先に外へ出す。
意味づける前の断片を、 まず外へ。
言葉を並べ替え、 関係をつくる。
できたカタチから、 自分の問いを立てる。
完成を待たず、 現実へ小さく投げる。
世界から返ってきたものを、 次の材料にする。
頭の中にあるものは、
完成した文章ではなく、
断片として現れます。
だから、
ふせんのように短く出し、
動かし、
組み直す。
「焼肉食べたい」でもいい。
まず短く、
たくさん出す。
バラバラの断片を動かし、 似ているもの、 矛盾するものを集める。
断片同士の関係から、 頭の中にはなかった カタチが現れる。
問いを、 現実へぶつけられる 小さな行動へ。
これを、ワークショップの日だけではなく、
一人で、いつでも。
アート思考は、 特別な日の研修で 「斬新な案」を出すためだけのものではありません。
アーティストは、 世界を見て、 「正解は何だ?」から始めない。
「自分には、どう見えた?」
「なぜ私は、ここが気になる?」
「自分なら、どうしたい?」
自分を通ったことで生まれたものを、 カタチにして世界へ返す。
それは、 企画でも、 文章でも、 プログラムでも、 イベントでも、 研究でもできる。
絵を描かなくても、 アート思考はできる。
電車の中。
仕事中。
本を読んでいるとき。
展示を見たとき。
誰かと話したあと。
風呂。
トイレ。
「あ。」
その瞬間に出てきたものを、 拾う。
今はまだ、 何の役に立つか分からない。
書いた本人すら、 半分忘れている。
まったく別の場所から、 急につながる。
すると、 以前は意味不明だった断片が、 突然べつのカタチに見える。
MPNが保存しているのは、
正解ではありません。
あなたが考え続けるための素材です。
PRODUCTIVITY / MANAGEMENT / ORGANIZE
整えるためのツール
問いを生むための場所
MPN
書き散らかす。
つながる。
問いになる。
動きたくなる。
Notion や Miro は、すでに見えているものを整理するのに強い。
でも MPN が扱うのは、まだなんであるかも分からないカオス。
意味になる前のカオスを置いておける。
MPNは、効率的にインプットをアウトプットに変換するための道具ではなく、
「考え続ける」の場所です。
そして、 ずっと書いて、 動かして、 問い続けていると。
妙なものが見えてきます。
何度やめても戻ってしまう。
なぜか異様に気になる。
人に説明できないのに、
どうしても手放せない。
MPNでは、 そんな自分固有の偏りを そう呼んでいます。
それは、 あなたを立派な人にする 「正しい価値観」ではありません。
むしろ、 他人から見れば 「なんでそこまで?」 と言われるようなもの。
でも、
それくらい偏っているから、
誰にも代われないものが
生まれる。
立派な問いじゃなくていい。
役に立たなくてもいい。
「焼肉食べたい」でもいい。
頭にいる「おもしろい!」を、
まず外へ出してみる。